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Do Something for Earth
カナディアン・ソーラーのこころみ
「今、自分ができることは野球教室。子どもたちに心から楽しんでほしい」
上原浩治 -恩返し夢教室- in 福島県南相馬市
Photo: Satoru Seki

2013年12月14日、福島県南相馬市。アメリカのメジャーリーグで今シーズン大活躍した上原浩治選手による野球教室が行われました。これは社団法人ダブル・エデュケーションの「On Gaeshi プロジェクト」という企画に賛同した上原選手が、東北の復興支援のために行ったもので、同年1月の岩手に続いて2回目となるもの。東日本大震災から2年9か月。未だ津波と福島第一原子力発電所事故によって避難が強いられているこの地で、野球を通じて子どもたちに笑顔を届けたい。そんな上原選手の想いがカタチになりました。カナディアン・ソーラーもその想いに賛同し、このプロジェクトに協力しています。

今なお、大地震発生時のままの状況が続く南相馬市

国道6号線から、穏やかな太平洋の水平線を見渡すことができる南相馬市東部。海岸沿いは標高10m以下の場所も多く、津波の被害が甚大だったことは容易に想像されます。また、市内のほとんどが福島第一原子力発電所(以下、原発)から半径10数km~30km圏内にあり、多くの地区が避難区域や居住制限区域に指定されています。
野球教室開催日の午前中、上原選手は周辺をまわり、市内の現状を目の当たりにしました。
「車もひっくり返ったまま、壊れた家もそのままの状態。何も進んでいないように思う」

海から1.5kmほどの原町区萱浜(かいはま)一帯は、10数mの津波に襲われ、95世帯中65世帯が全壊、53名が亡くなりました。北萱浜稲荷神社を境に海側の家は流されてしまい、今後、その場所には家を建てることができません。静かで何もない、平らな土地が海岸まで続きます。
小高区女場の日鷲神社周辺は、原発からたった10数kmの距離。現在は、昼間の立入りはできるものの宿泊は許可されておらず、住民は避難を余儀なくされています。

生まれ育った場所に戻りたくても戻れない、様々な事情を抱えている被災地を実際に訪れることで、上原選手は今回の復興支援の意味を改めて噛み締めたようです。
「最近はこういった状況が報道されていないように思うけれど、風化させてはいけない。そんななか、自分にできることは野球教室しかない。それしかできないもどかしさもありますが、純粋に子どもたちに楽しんでもらいたい。彼らには野球を教えるけれども、自分自身、様々なことを教えられる立場でもあると思っています」

北萱浜稲荷神社にある慰霊碑の前で当時のお話を伺いました。見つめる先には、穏やかな海が 小高区女場の日鷲神社で静かに手を合わせる上原選手

野球教室を通じて伝えたい想い

そして午後、南相馬市市営球場に、近隣自治体を含む27チーム、約400人もの小中学生たちが集まりました。全員とハイタッチをしながら上原選手が入場すると、あちこちから大歓声が湧き上がります。
「今日一日、楽しく野球をしましょう!」という上原選手の言葉とともに、野球教室が始まりました。

まずは2人1組でキャッチボール。上原選手は1組ずつ、手取り足取り丁寧にアドバイスをしながら広い場内をまわっていました。時折、強い風が吹いて土埃がたっても、その真剣な眼差しは続きます。つづいて、各チームのバッテリーにピッチング指導。中学生の迫力ある球に、次第に指導にも熱が入ります。あっという間の1時間半が過ぎていきました。

野球教室を心待ちにしていた子どもたち。とびきりの笑顔が球場いっぱいにあふれます

野球教室の後には上原選手のトークショーが行われました。今シーズンのエピソード、5年目を迎えたアメリカでの生活、小中高校時代の練習方法、浪人しながらトレーニングを続けたこと、そして大学の野球部を経てプロ野球に入ったことなど、昔のことも振り返りながら、野球を通じて学んできた大切なことを伝えます。また、子どもたちからの素朴な質問にも、笑いを交え、和気あいあいと答える姿が印象的でした。

上原選手のようにプロ野球に入って将来はメジャーリーグに行きたい、という夢を教えてくれた小学生もいました。避難先で野球どころではなくなったり、人数が減ってしまい野球部存続の危機があったり、それでも日々の練習は欠かさず続けている。そんな状況でも、キラキラとした笑顔で野球を楽しむ子どもたちにとっては、忘れられない一日になったのではないでしょうか。

トークショー終了後には握手をしたり、上原選手のサイン入り修了証をもらったり。最後もやはりハイタッチで

「今日は子どもたちの楽しむ姿が見られて、ほんとうに良かった。でも、野球に携わる者として、チームがばらばらになっているというのを聞くのはつらいし、野球は続けていってもらいたい。自分自身、第1回の岩手や今回の福島だけでなく、被災した各地へ行くべきだと思っています。来シーズンもいい成績で終わって、そのいい流れでこのプロジェクトの3回目をやりたい。これから先どうなるかわからないけど、続けていくことによって誰かの励ましになれば、という思いです」

上原選手の思いは、今日の野球教室に参加した子どもたちとともに、また別の場所の子どもたちへ向けても、つながっていくことでしょう。

復興支援 On Gaeshi Project 第2回 Boston Red Sox「上原浩治 -恩返し夢教室-」~ともに、前へ~ in 福島県南相馬市

※取材:2013年12月