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メープルシロップ農家が受け継ぐカナダの伝統

数世代にわたって伝えられる貴重な森

 カナダの名産品メープルシロップは、サトウカエデの樹液を煮詰めて作る天然の甘味料です。樹液が採れる木が育つのはオンタリオ州やケベック州など主にカナダ東部一帯で、このエリアにはたくさんのメープルシロップ農家が集中しています。その多くは、数世代にわたって森を育て、親から子へとシロップづくりの技術を伝えてきました。建国151年目の若いこの国にあって、大変貴重な伝統産業といえます。

 首都オタワから車で1時間ほど、パケンハムという村にある「フルトンズ」も、代々続くメープルシロップ農家のひとつです。広大な森の中、煙突から煙の上がる素朴な小屋が建つ様子は、まるで開拓時代の風景のよう。メープルシロップづくりをする工場のほか、軽食が楽しめる「パンケーキハウス」や自家製のシロップやメープル製品を売るギフトショップもあり、季節によっては旅行者が訪れることもできます。

森の中にたたずむフルトンズのパンケーキハウス 歴史を感じさせるたたずまいの中、レストランやショップも併設

イギリス植民地時代に生まれた農場

4代目のシャーリー・デューゴさん 歴代使われてきたシロップ採取用のタップ

 4代目のシャーリーさんがファミリービジネスの歴史を語ってくれました。

 「私たちの先祖は、1840年代にスコットランドから移民してきました。まだイギリス統治時代のことです。当時は広大な土地を開拓するため多くの移民が奨励されており、移り住んだ人には土地が与えられました。私の先祖も自分たちがどこに住むかもわからず海を渡り、そして与えられたのがこの場所だったのです。今にしてみれば、とてもラッキーだったと思います」

 一家が手にしたのは、100エーカーの森。開墾して農場を作るなど、大変な苦労があったことは想像に難くありません。そんな中、カエデの木が自生していたことから、メープルシロップづくりもスタートしたようです。

 「当時、甘味料はとても貴重なものでした。私の先祖は先住民からメープルシロップの作り方を教わったのかもしれません。森にある木を使えるし、シロップづくりは春先に行われるから、これを売れば春に穀物などの種が買える、そんなところから始まったようです」

親から子へと紡がれる技術と心

 以来、世代ごとに徐々に木を増やし、現在では400エーカー(東京ドーム35個分!)に4500本のサトウカエデが育つ森となりました。

 「カエデの木はだいたい200年から250年くらい生きます。その一生はまるで人間のよう。幼少期があり、立派な大人になり、そして死んでいく。死ぬ前には周りにたくさんの子供も残していきます。その小さな木を適所に植え替え、大事に育てて森を維持していく、そして次の世代に伝えていく、それがこの仕事の一番大切なところですね。一朝一夕にはいきません。どう木を育てるか、どうやって木を傷めないように樹液を採取するか、すべて経験と長期間の目標が必要な仕事です。私は子供のころからこの森の中でそうしたことを父から教わってきました。そして私の子供たちも同じように育ってきました」

 現在、長男のスコットさん夫婦が5代目として働いているほか、2人の娘さん家族も近くに住み、毎日のようにここを訪れているそうです。

 「孫は全部で9人。みんなメープルシロップが大好きで、自分で作っている子たちもいるんですよ」とのこと。実際、森の中ではお孫さんたちが元気に遊んでいました。6代目のシロップメーカーが登場するのも、そう遠くはなさそうです。

敷地内で売られている自家製のメープルシロップ。最近ではメープルシロップを使ったスキンケアグッズも開発

ハイキングも楽しめるフルトンズの広大な森 子供たちにとって広大な森は恰好の遊び場 5代目スコットさんの子供たち(シャーリーさんのお孫さん)、パーカー君、タイソン君、ローガン君は、3人で「トリプル・トラブル」という子供会社をつくり、自分たちのメープルシロップを生産

春の訪れとともに始まる樹液の収穫

かつてはこうして木づちで一つ一つ穴をあけてタップを差し込み、樹液をバケツに受けていた 樹液のバケツ集めに使われた馬ソリは、今では訪れる子供たちのアトラクションに

 メープルシロップづくりは、まだ雪の残る3月から4月にかけての数週間だけで行われます。この時期、冬の間眠っていたサトウカエデの木々が目覚め、根元にたまっていた糖分たっぷりの樹液を幹から枝先へと駆け巡らせ、芽吹きの準備を始めるのです。この春先の新鮮な樹液のみが、メープルシロップとなります。

 「木の幹にドリルで小さな穴をあけると透明な樹液がしみだしてきます。そこにタップ(蛇口)をさして樹液を集めます。樹齢20年以上の木からようやく採ることができ、タップの数は樹齢により1か所から4か所までで、採取する樹液は全体の10%までにとどめます。採りすぎてはダメ。こうすることで木は健康に長生きできるのです」(シャーリーさん)

 収穫期には、大忙しとなります。かつてはタップからバケツに樹液をうけて馬ゾリで集めていました。現在は、タップからチューブをつないで集める効率的な方法に変わりましたが、広大な森にチューブを巡らせるだけでも大変な作業です。集めた樹液は毎日工場にある大きな蒸発器に入れて40分の1の濃度になるまでひたすら煮詰めていきます。

 面白いことに、数週間の収穫期のはじめと終わりでは、出来上がったシロップの色や香りは微妙に異なります。早い時期のシロップは薄い色でとてもデリケートな味わい。後半にはかなり濃い色合いでコクあるシロップとなります。色の濃さによってゴールデン、アンバー、ダーク、ベーリーダークという4クラスに分けられ、ラベルが貼られます。フルトンズでは、こうした作業もすべて自分たちで行います。

子供たちが心待ちにする早春の収穫祭

 またこの時期には、メープル農家が地元の人を集めて収穫祭を行うのも伝統となっています。オンタリオやケベックの人々にとっては、これは春の訪れを告げる風物詩といったところ。フルトンズでも、2月から4月にかけては森を解放。地元だけでなく、オタワなどからも大勢のファミリーが訪れ、楽しんでいきます。

 「森の中を馬ソリで巡ったり、スノーシューで散策したり、たき火で焼きマシュマロをしたり、様々なアトラクションを用意します。パンケーキハウスでは、パンケーキはもちろんベークドビーンズなど、メープルシロップをたっぷりかけた伝統料理をふるまいます。ミュージシャンの演奏もあってとても賑やかですよ。とくに子供たちには大人気で、おじいさんやおばあさんが、『昔、私も来たのよ』といってお孫さんと一緒に来てくれることもあります」

 煮詰めたメープルシロップを雪の上にたらして固め、これを棒で巻き取って食べる「メープルトフィー」もこの収穫祭の名物。甘いトフィーを口に含むと、大人も子供も、みんな最高の笑顔を見せてくれるといいます。

 「森で遊び、自然の中からおいしいメープルシロップができるところを知ってほしいと思います。そういったことすべてを、カナダの伝統として体験してほしい。その役割を担えるのはとてもうれしいことです」誇らしげに微笑むシャーリーさんでした。

パンケーキハウスの中では伝統音楽が奏でられ、子供たちも大はしゃぎ メープルシロップたっぷりの料理は一番の楽しみ ゲストが訪れるシーズンには、森の中で様々なアトラクションを提供 たき火で作るスモア(焼きマシュマロ)は子供たちの大好物

煮詰めたメープルシロップを雪の上で巻き取って楽しむメープルトフィー。収穫祭などで大人気の伝統スイーツ

Text: Hiroko Yoshizawa, Photo: Satoru Seki
取材協力:オンタリオ州観光局 http://www.ontariostyle.com