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メープルの香り漂う、
早春の古都ケベック・シティへ
カナダ・フランス語圏の中心地ケベック・シティ。
フレンチカナディアンの誇りが息づく旧市街から、ケベック伝統のメープルシロップ小屋へ。
雪残る春にふさわしい、しみじみとした旅を。

カナダに残されたフランス

 カナダの公用語が英語とフランス語の2か国語であることをご存知でしょうか。人口約3000万人のこの国の多くは、英語を母語としています。そんな中、フランス語のみを州の公用語と定めているのが、ケベック州です。

 ケベック州がフランス語圏である背景には、大航海時代以降の数百年の歴史がかかわっています。1608年、フランスの探検家サミュエル・ド・シャンプラン一行は、大西洋からセント・ローレンス川を遡り、広大な川幅が狭まる場所――現在のケベック・シティに砦を建設しました。フランスは、この地を中心に植民地ヌーベルフランス(新フランス)を建設。最盛期には、北米大陸の東半分を占めるほどに領土を広げていました。

 しかし、時を同じくしてイギリスもまた、北米の北と南から領土獲得を狙っていました。英仏間で度重なる植民地争奪戦が繰り広げられ、フランスは敗北。1763年、パリ条約によりヌーベルフランスの領土はすべて「ケベック植民地」としてイギリスに譲渡されました。

 こうしてイギリス領となったケベックですが、すでにそこに暮らしていた多くのフランス系住民を英国化させることは不可能でした。そこでイギリスは統治の方策として、人々の宗教や文化などを維持可能にする「ケベック法」を制定。これにより、北米におけるフランス語はその文化と共に存続することになったのです。

北米最古の商店街といわれるプチ・シャンプラン通り

静かな春こそ美しい

シャンプランが砦を作った場所、ロワイヤル広場 旧市街の丘の上に聳える歴史的ホテル、シャトー・フロントナック

 ヌーベルフランスの時代から、英国植民地時代、そして1867年のカナダ建国以降も、この北米フランス文化語圏ケベックの中心となってきたのが、州都ケベック・シティです。

 今この地を訪れると本国以上にフランス的という印象を受けます。特に、セント・ローレンス川のほとりに広がる旧市街は、数百年前のフランスにタイムスリップしてしまったかと錯覚するほどにノスタルジックです。丘の上に続く石造りの要塞や古城風ホテルのシャトー・フロントナック。石畳の路地を行き来する馬車、古い修道院や教会…。かつてシャンプランが砦を作ったというロワイヤル広場には、17世紀のフランス国王ルイ14世の像も建っています。

 北米唯一の要塞都市として世界遺産にも登録され、夏には多くの観光局で賑わうケベック・シティですが、真にこの街を愛する人々の間では、冬から春にかけて、旅行者もまばらな季節こそ、もっとも美しいと言われています。

 実際、早春のひっそりとたたずむ町には、フランス植民地時代の面影がひときわ色濃く感じられます。北米のどの都市とも異なり、そして現在のヨーロッパとも違う、独特の存在感が漂う街。まだ雪残る静けさの中、歴史の中に取り残されたような路地のひとつひとつを、ゆっくりとさまよってみてはいかがでしょうか。

まだ雪が残る春のケベック・シティ。州のモットーは、「Je mesouviens」(ジュ・ム・スヴィアン/ 私は忘れない)。“ここがフランス人によるフランス語の州であることを忘れない” という意味とされる

カナダの伝統が息づくメープルシロップ農家へ

 春先にケベック・シティを訪れるなら、ぜひとも足を延ばしたいのが、郊外にあるメープルシロップ農家「シュガーシャック」です。シュガーメープル(サトウカエデ)の樹液から作られるメープルシロップは、健康的な甘味料として日本でも大人気。世界のメープルシロップ生産量の約8割は、メープルが密生するここケベック州で生産されており、ケベック・シティの郊外にも、たくさんのシュガーシャックが点在しています。

 3月上旬から4月中旬、シュガーシャックでは樹液の収穫シーズンを迎えます。冬の間メープルの木の根元に溜まっていた栄養分は、雪解けの水分と共に幹から枝へと駆け巡り、木全体が芽吹きの準備を始めます。この時期の、糖分がたっぷり含まれた樹液がメープルシロップの元となります。

 採取方法はとてもシンプル。木の幹に小さな穴をあけ、そこにタップという蛇口のような器具を取り付けます。すると透明な樹液があふれてくるのでこれを集めるだけ。採れた樹液は専用の大きな容器に入れられて、40分の1の量になるまで煮詰められます。これをろ過してでき上がるのが、メープルシロップです。

左) 樹液はさらりとして水のよう。採取のタイミングにより完成品の色の濃さや味わいが微妙に異なり、エキストラライトからダークまで5段階に分けられる 右) 樹液が40分の1になるまで煮詰めてシロップに

樹液の収穫作業。昔はバケツで樹液を集めていたが、現在ではチューブを使って効率的に行うところが主流

春を告げる、メープルシロップ収穫祭

伝統的な音楽や踊りで盛り上がる収穫祭。パンケーキやベイクドビーンズなど素朴な料理も

 ほとんどのシュガーシャックでは、この時期、地元の人々が集まり収穫祭が行われます。メープルシロップづくりはこの地で何世代にも渡って受け継がれてきており、地域の伝統産業として根付いています。この収穫祭も、ケベックに春の訪れを告げる恒例行事として、なくてはならないものです。

 お祭りは収穫の期間中ずっと続くところも多く、特に週末には大人から子供まで大勢が集まり、メープルシロップを使った郷土料理を味わいながら賑やかに盛り上がります。まだ雪が残る森の中を馬ゾリに乗って巡ったり、スノーシューなどをして遊んだり、ほほえましい光景もいっぱい。煮詰めたメープルシロップを雪の上にたらして固め、これを巻き取って食べる「メープルトフィー」も、収穫祭の名物として大人気です。

 もちろん旅行者が訪れても暖かく歓迎してくれます。シロップの製造工程を見学したり、地元の人々と伝統料理を味わったりと、楽しさ満点。出来立ての自家製シロップを販売しているところも多く、特別なお土産を選ぶのにも最適です。

 ケベックの素朴な伝統を垣間見られるシュガーシャック。歴史あるケベック・シティとあわせてぜひ訪れてみて下さい。

代々受け継がれてきたメープルの森とシロップ

メープルシロップの製法は、開拓時代に先住民からフレンチカナディアンに伝えられ、ケベックの伝統産業となりました。広大なメープルの森は、農家の人々によって数世代に渡り大切に守られてきました。樹液の採取はとても慎重に行われています。木の成長に影響を与えないよう、1本の木に空ける穴は数か所だけで、樹液全体の10%程度、約30~50リットルを採取するにとどめられます。つまり、春の数週間の収穫期間中、1本の木から作られるメープルシロップはほんの1リットル程度。とても貴重な天然甘味料です。

雪の上にシロップをたらして食べるメープルトフィーはみんなの大好物

Text: Hiroko Yoshizawa 
Photo: Satoru Seki, Quebec City Tourism/ Jean-Francois Bergeron, Enviro Foto,Tourism Quebec/ Brigitte Ostiguy, Linda Turgeon, Mathieu Dupuis, Michel Paquet